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ROAD to SUZUKA Vol.3

      posted at 2011-07-18 (Mon) 11:30:00
Vol.2はコチラをクリック!

7月最終週に三重県鈴鹿サーキットで行われる
鈴鹿8時間耐久レースに向けて、事前情報をお伝えする
ROAD to SUZUKA
今回から、今年参戦するライダー達をご紹介していきます

第3回は中年の星!として
90年代のバイクブーム以降、第一線でずーーーっと活躍し続ける
2人のライダーを紹介しようと思います

今年、優勝候補の筆頭として考えられている有力3チームが
#11TSRホンダ・#12ヨシムラと#634ハルクプロなんですが、
#11の伊藤真一、そして#634の岡田忠之の2人は
かつてホンダレーシング(HRC)からロードレース世界選手権
(WGP・現在のmotoGP)に参戦していたベテランです

伊藤真一は、東北の地方選手権で頭角を現した後
1988年に全日本選手権に昇格するのですが、
いきなりホンダのメーカー運営チームに抜擢されて
当時は「シンデレラボーイ」と呼ばれ、甘いマスクwが女性に人気でした

10-1-20-6-73b4e.jpg

当時の市販版NSR250には伊藤真一が乗っていたカラーがレプリカで発売されていました
89の黒・90のキャビン・91のブラッシュetc・・・まさに若者の憧れだったのです

全日本選手権を制覇したのち、93年から世界選手権に参戦しました
当時のHRCはタバコのロスマンズカラーに彩られ、世界一美しいバイクだと思います
しかし、実戦でのテストライダー役であったり伊藤自身のスランプもあり、
4年間の海外参戦の末に全日本選手権へと出戻ってしまいます

10-1-20-5-9e90f.jpg



もう1人のライダー・岡田忠之は伊藤とは対照的なデビューでした
筑波サーキットでのバイトをしながら、TSRの前身であるTS関東から
全日本選手権250ccに参戦し、2年後の90年にHRCへ加入します
90年から全日本選手権を3連覇し、伊藤と同時に世界選手権へと移りました

1993.jpg


伊藤が乗っていたのは最高峰の500cc
岡田自身も最高峰への移籍を願っていました
しかし、同時にヤマハから世界選手権に参戦を開始した全日本時代からの
ライバル・原田哲也が参戦初年度で世界チャンプになったのに対し、
250ccでの結果を残していない岡田が、銀河系軍団と言われる程に
最高のライダーを揃えた500ccチームに参加するのは絶対にムリだったのです

2人は同い年でレースを離れれば親友でしたが、
HRCの中では絶対に負けたくないライバル同士でもあったのです

転機は鈴鹿8耐でした

92年、最後の1時間まで優勝争いをしつつも転倒して優勝を逃した伊藤
95年、ホンダ連覇の重責を担った岡田はキッチリと優勝

そして2人の運命が交錯します

1996年、ホンダは世界選手権500ccの参加台数が減った為
メーカー直系のワークスチーム以外でも参戦できるようにとの目的で
4気筒500ccより維持費の安い2気筒の市販レーサーNSR500Vを発表します
500Vの実戦開発ライダーとして選ばれたのが伊藤と岡田でした

開幕戦、いきなり4気筒NSR500を操る当時の絶対王者・ミックドゥーハンを
追い回した岡田に対し、伊藤は非力な2気筒への乗り換えに苦労しました
250ccを大型化した500Vは250ccからのステップアップだった岡田の方が
伊藤より乗り易いライディングスタイルを求められていたのです

Tadayuki_Okada_1996_JapanGP.jpg


そして、2人の運命が入れ替わってしまいます
次回へ続く!!


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