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永遠の74 Silver

      posted at 2013-02-23 (Sat) 07:04:01
鈴鹿8耐の記事motoGPに興味のある方なら
何度か名前を目にしたことのあるライダー
加藤大治郎選手(通称・大治郎)
今年で彼が亡くなってから10年が経とうとしています

104567366_210.jpg

X11からX12にモデルチェンジした際に
大治郎レプリカは一旦消滅してしまいました
しかし、没後10周年を記念して今年の春に
X-twelveDaijiroとして復活します!!

そこで、班長Tの独断と偏見に基づいたGP企画特別編として
各カラーの思い出を振り返ってみたいと思います
最終回は大治郎メモリアルモデル・シルバー編です

第2回はコチラをクリック!

鈴鹿でのレースの3周目に事故は起こりました
バイクの制御が不能になった事以外は原因は未だ判りません
ただ、最後の瞬間まで大治郎はコースに懸命に復帰しようと
バイクを捨てなかったのが逆に災いしました

意識不明のまま2週間が過ぎ、大治郎は亡くなりました
世界中のメディアに訃報はTOPニュースとして掲載され、
早過ぎる天才の死を大勢のファンが嘆き悲しみました

特定のエースを決して持たないホンダの首脳陣が
「彼に世界タイトルを取らせたかった」と嘆き、
彼に惚れ込んでいた、あるトレーナー
別の才能を見つけてバイクの世界を去っていくなど
大勢の人に影響を与えたのでした

ホンダ本社で行われた「お別れの会」には
1万人近くのファンが訪れ、深い喪失感を味わったのです


事故から数ヶ月が過ぎ、大治郎レプリカを販売していた
SHOEIからメモリアルヘルメットの発売が公表されました

当初は大治郎自身が企画したこのシルバーは
赤/黄のスタンダードカラーは派手過ぎてイヤだという
ファンの声に応えるためのモノでした

シーズン前のテスト中も、黄とグレーのハイブリット版や
大治郎eyeに紫が入っているテストカラー版などを被り
真剣に大治郎はカラー打合せでもファンの為に悩んでいました

画像 109


大治郎のバイクを愛するゆえに努力する姿勢は
現状のファンに向けて”だけ”ではありませんでした

例えば、自身が原点としているミニバイクレースを
参加する為の安価なバイクを1から作り上げてまで開催して
親子で参加する事で、レース業界の底上げを目指したり、
普段は自分から喋るのが得意ではないのにTV番組に参加して
バイクレースの地位を少しでも上げようとしていたんです

その流れで自然に出てきたのが
ファンの為のシルバーVer.だったんです

秋が瀬

大治郎のゼッケンの由来となった誕生日でもある
7月4日に限定のメモリアルヘルメットは発売され、
あっという間に完売してしまいネットオークションでは
プレミア付で取引までされました


あれから10年が経ちました


バイクが、レースが文化として日本に根付いて欲しいと
海外のバイク熱を体験してきた大治郎は願っていました

その遺志は脈々と大治郎ファンに受け継がれています
毎年秋にもてぎで行われるmotoGP日本グランプリ

決勝日の最終コーナーには今でも大治郎ファンが集い
全てのGPライダーに声援を送り、そして
大治郎が愛したレースを愛する文化を楽しんでいます

Motegi03.jpg


飄々とした一人の若者が彗星のごとく世界タイトルを獲得し
将来を期待されつつも流れ去っていきました

そして、GPレジェンドとして永久欠番となった#74
今でも世界中に加藤大治郎ファンは多くいます

ぜひ、アナタもX-twelveDaijiroを手に入れて
こんなにも格好良いヒーローがいた事を忘れないで欲しいです

kato-250cc-world-champion.jpg

もっと大治郎を知りたい人はDaijiro.netにアクセスして下さい!
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